はじめまして  IMG_2595-2 


東北大学文学部の学生で、研究のサポートをしている一人のあざらしです。

先日ネットにある「あなたを海の動物に例えると…」という診断をしたら、好奇心旺盛で、少しトラブルメーカーなところがある「あざらし」と診断されました。私が担当の記事は「あざらし」という名前を使って更新していきます。

 

現在のコロナウィルスが広がっている世界では海外旅行に行くことは難しく、個人という視点から見ると外国との繋がりは少なくなっていると思います。今回は、過去に研究室で行なったショートプログラムの学生を対象としたワークショップから、海外の人から見た日本について書きたいと思います。これによって外国のことを少し身近に感じていただけたら嬉しいです。

 

江戸時代の日本は当時の諸外国と比較して識字率が高く、日本では和紙が量産されていたため羊皮紙などに比べて比較的簡単に紙が手に入ったとも言われています。店には版本が出回り、人々は簡単に文字に触れることができました。往来物ものその一つです。ヨーロッパなどでは文字や本、紙が権力者の物であったのに対して、日本では公家や政治を行なっていた武士階級の人だけでなく、百姓身分の人々まで読み書きができ、本を手に取ることができました。権力者は支配のために文書を利用し家中から村の末端に至るまで情報伝達を行なっていました。日本では他国にはない文書中心とした社会ができていました。そのため日本には多くの文書が残されていて、その多くが個人所蔵となっています。

当時は大事な文書は長期保存されましたが、使用済みで不要になった文書は再利用されました。襖の下張りもその一つです。日本の旧家では、襖紙を剥がすとその下から下張りとして使用された文書が出てくることがあります。ショートプログラムで来日した学生にワークショップに参加してもらったときは、襖の下張り文書を剥がす様子を見学してもらい、またその作業を体験してもらいました。襖自体も和室にある物で海外ではあまり目にすることがない物ですが、下張り文書を剥がすとなると、襖を実際に触れると同時に150年以上前に書かれた文書を実際に触れることとなり、大変珍しそうに見ていたことを覚えています。当時の文書は基本的には一点もので、貴重なものです。そのことを伝えると少し緊張した様子で、丁寧に、楽しみながら、文書を剥がしていました。その時に参加者の一人が大変貴重な体験ができたと話してくれました。

日本では文書が多く流通していたこともあっていろいろなところに古文書が存在しますが、海外から見るとそれは珍しいことです。これを機会に実は意外と身近に存在する古文書という物について考えてみてはいかがでしょうか。
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